ライトノベル定義論に見せかけた自分語り

 上記エントリでは、ライトノベルの定義論争に際して、「自分たちが意識していないことにラベルが貼られていく」――自分たちは「ライトノベル」を作っているつもりはないのに、読者の側でライトノベルにカテゴライズされていく――ことに対する作り手側の違和感が表明されています。その違和感については、同意はしないまでも理解できるところではあります。

 ただここで指摘しておきたいのは、作り手側が望もうと望むまいと、今現在、ある範囲の作品群が「ライトノベル」と呼ばれているのは厳然たる事実である、ということです。それは読者の側における勝手なカテゴライズなのかもしれませんし、実際そうであろうと思います。しかし繰り返しになりますが、いかにそれが勝手なものであろうと、現実に「ライトノベル」というカテゴライズが存在するのは疑いようのない事実なのです。

 私が目指しているのは、「それでは、何がライトノベルと言われているのか」ということ、言い換えれば、「(今現在)ライトノベル(と呼ばれているもの)とは、一体何なのか」を明らかにするということです。そのために私がとっているのが、ライトノベルというものがどう捉えられているかを客観的に観察し、現状を認識した上で、それを言語化する、というやり方です。

 私がこれまで読んできた中では、ライトノベルの定義について述べた文章というのは、「ライトノベルっぽさ」とでもいうべきものをなんとなく定めた上で、それにどの程度当てはまるか否かで、個々の作品をライトノベルとするかどうか決める、といったものが多かったように思います。けれどその「ライトノベルっぽさ」を、誰もが納得できる形できちんと言語化しようとしているケースは、そのような表現が用いられたケースの数に比して、非常に少ないように私には感じられます。言語化(と、それによる共有化)を指向しない「ライトノベルっぽさ」は、結局のところ個人の主観に依拠したものでしかなく、そうして導き出された定義は、「あなたがそう思うものが〜」というお決まりのフレーズと大差ないように思います。そうではなく、広く一般に(ライトノベルをまったく読んでいないような人にも)通用しうる形で「ライトノベル」を規定するにはどうすればよいか、と考えた結果行き着いたのが、先に述べた手段なのです。

 とはいえそもそも多くの人は、「ライトノベルを定義する」ということについてそれほど真剣に考えていないのかもしれないし、単純に「オレ定義」を開陳したいだけなのかもしれません。しかし少なくとも私は、そうしたものとは一線を画す立場で意見を表明したいと思っていますし、実際これまでそうしてきたつもりです。ウェブ上ではとかく「ライトノベル定義論」という形で十把一絡げに括られがちですが、せめてここを読んでくれている方には、私が何を考えてライトノベルの定義に関する文章を書いているのかを知っておいてもらいたいと思い、このように記しておく次第です。