同人誌を「売る」ということ(補遺)

 先日の記事については、多くの方から様々な形でご意見をいただきました。ありがとうございます。

 私が先の記事を書いた理由のひとつは、くじういんぐ・ドットコムさんが7月18日の雑記でも書かれているように、「作りたいから作る」という大前提が蔑ろにされているように感じたからです。たとえば「クオリティを上げる」ことに対して「本が売れる」というのは、あくまで「結果」であって「目的」ではありませんよね。そのへんの断りがなかったのが気にかかった、というのが理由のひとつ。もうひとつの理由は、「100部刷るのにも大きな覚悟がいるようなサークルもある」というような認識が、元の記事から感じられなかったことです。

 私には、元の記事はあくまで同人界のごく一部、ぶっちゃけて言えば男性向け*1二次創作*2でのみ通用する話のように感じました。先日の記事にも書いたように、ジャンル的にそもそも売ろうとしても売れない、その中で、無理のない範囲でのんびりと活動している、という人はたくさんいます。自分もそのひとりなわけですが、このような立場からは200部、300部といった数字がそもそも別の世界のもののように思えますし、「売れないと次の本が〜」といった言説にも、「だったら売れ行きがどうあっても次の本が出せるような形で出せばいいじゃん」などと感じたりするわけです。要は、すべての人が本を売ることに四苦八苦していたり、生活費との兼ね合いの中で本を作っているわけではない、ということを理解して欲しかったのです。

 もしかすると、あえて断る必要はないと判断して書かれなかったのかもしれませんが、自分の立場からすると、何の断りもなくすべてを「同人」のひと言でくくられてしまうことにはやはり強い抵抗を感じます。ひとつめの理由もそうなのですが、こういったことをきちんと心に留めているのなら、表現に気を遣ったり、元になった記事で書かれていたようなことを(心の中では思っていても)ネット上で書いたりはしないはずだ、というのも、率直な思いとしてはあったりします。

 私のネット上のアンテナが男オタク的な方向に向いているせいかもしれませんが、ネット上の同人にまつわる言説というのは、暗黙の了解のうちに「男性向け創作の話」とになっているケースが多いような印象を受けます。「同人」とひとくくりにいっても、中には評論をやっている人もいれば音楽をやっている人もいます。グッズやCD-ROMの形態で作品を頒布しているサークルもあることを考えると、同人「誌」という表現さえ正確ではありません。そうした同人というものの多様性を、より多くの人に認識していて欲しい、というのが私のささやかな願いです。


 一方で私自身にも、ある程度活動が大きくなったサークルの苦労についてはよくわからなかったりと、反省すべき、あるいは勉強になった点が多々あります。同じ同人活動に身を置くものとして、少しでもいい環境で創作を行って欲しい、という思いは当然私にもあります。最近は色々と面倒な側面も多くなりましたが、理想と現実の間で、作り手各々があるべき同人活動のスタンスというものを見つけられればいいな、と思います。

*1:成人向けという意味ではありません。

*2:(一次)創作もある程度は入ってくるかも。