製品と芸術

 例のアニメ版『おとボク』声優問題について。例によって世間とは少々ずれたところからツッコミをば。原作者が書いたという大元の文章を読まないとわかりにくい部分があるかと思いますが、そのあたりは興味のある方は各自で探していただければと思います。もとより大きくしたい話題でもないので。


 つい先日『つよきす』でも同じようなことがあったわけですが、今回大きく違うのが、原作者*1自身が明らかな不快感を示している、ということです。

 まあ、気持ちはわからないでもありません。愛する娘がレイプされた、というような表現も、それ自体は正直どうかと思いますが、言わんとすることはわかりますし、そのように感じたというのも理解できます。

 しかしここで私が問いたいのは、そうしてあなたが生み出したキャラクターは、本当にあなただけのものなのか? ということです。

 ゲームを作る上では当然、原作やシナリオ以外にも原画、音楽、背景、塗りなど、多数の人の手が入ってきます。製作に直接関係ない部分も含めれば、広報や流通など、さらに多くの人間が関わることになります。実際にゲームとして売り出される際のキャラクターは、そういった多数の人々の思惑が絡んだ結果の産物なわけです。

 私が非常に強く違和感を覚えるのは、そうして誕生したキャラクターを、まるで自分だけのもののように扱うという態度そのものです。

 原作者としては、自分の好きなように作品を作ることができて、さらにそれが売れれば万々歳、なのでしょう。しかし売る側としては、それをきっかけにさらに売っていくことを考えたいわけで、世間的な立場の低いエロゲーという媒体から、アニメという表舞台へと出られるチャンスが与えられたならば、キャスト変更などのデメリット(とここではとりあえずこう表現します)があったとしてもそれをつかもうとするのは至極当然のことです。

 そこに原作者の意志が介在しうる余地などはありません。原作者が作品に関するすべての権利を持っているというなら話は別ですが、作品が完成し、作り手の元を離れた以上、優先されるべきは売り手の判断です。その売り手が原作に対する思い入れを持っている必要は全くありません。売り手はあくまで売ることが仕事。その売り手に、原作のイメージを壊さないよう働きかけるように要求するなど、お門違いもいいところです。

 アニメ化に際してイメージが崩れるのを嫌うというなら、そもそもアニメ化など許可しなければいいのです。こちらこちらでも再三指摘されていますが、原画家や脚本家が変更するのを許容しておいて、声優だけ変更を認めないとする理由はないはずです。

 もっともキャストが原作者のあずかり知らぬところで決められたように、アニメ化もたとえ原作者が阻止しようと思っても阻止できなかった*2とは思います。しかし権利的なことをいえば、アニメ化するかどうかの決定権はやはり売り手の側にあるわけで、その売り手に自分の作った作品を「売ってもらっている」以上ここでも作り手に口を挟む権利はありません。大元の文章にあった「金を出さない人間には口を出す権利もない」というのは、そうした意味でまったくもってもっともな考え方です。


 エロゲーの作品性がどうだとかいう話がときどきあったりしますが、ゲームも漫画もアニメも基本的には「製品」です。「芸術(アート)」ではなく「製品(プロダクト)」なのです。そこには厳然たる作り手と売り手の関係性が生じます。作り手は作品をたくさんの人に届く形で売ってもらう代わりに、できた作品のその後については口を挟めない。売り手には多くのお金を遣って作品を「製品」に変えることが求められるが、そうしてできた「製品」を様々な形で売ることができる。こうした一種のギブアンドテイクな関係性が、作り手と売り手との間には存在しているわけです。

 このような構造の中に組み込まれたくないならば、何とかして自作が「芸術」として認められるよう働きかけるか、そうでなければ一から十までひとりでやる、つまり作り手と売り手とを自分ひとりで兼ねればいいのです。そうした考え方の元で行われるのが、要するに同人なわけです。同人という形で提示する限り、そこに他人が手を入れられる権利は(基本的に)ありません。もちろん売れる数はきちんとした売り手がいる場合に比べて格段に落ちるわけですが、作り手の権利を重視して考える以上それは当然のことです。*3

 市場の論理でいえば、コンテンツは何よりも「売れること」が重要であり、その作品性などは二の次三の次ということになります。そうした世界で作品を作っていこうと思うなら、常に何らかの形で作品が「汚される」覚悟をしておく必要があると思います。*4


 原作者氏の怒りは理解できます。しかしそれは「そのように感じることを理解できる」ということであり、それ以上のものではありません。アニメになること自体は喜びつつ、声優が変わることには怒り、果ては原作者の名の下にあれやこれやと愚痴をこぼす、これでは単なるわがままです。思うにこの原作者氏は、自分の作品を「芸術」かなにかであると勘違いしていたのでしょう。

*1:元の文章では「原作者であるかどうかは皆さんの判断に任せます」みたいなことを書いてましたが、文面からいって「原作者」でないと判断する根拠はどこにもないと思います。

*2:実際のところは、アニメ化そのものは喜んでいたようです。

*3:むしろ最近では即売会や委託ショップが発展して売る機会が非常に多くなったのを喜ぶべきでしょう。

*4:このあたりのことは消費者側もある程度気にとめておくべき部分だろうと思います。