封印された「奴隷」――または『My姉』感想

 もしかするとこれは、わかつきひかるの最高傑作なのではないだろうか。


 わかつきひかるといえば、調教。わかつき作品に慣れ親しんだ者にとって、これは地上に空気があるのと同じくらい当然の事実である。美少女文庫だけでも20冊近くを数えるわかつき作品だが、「主人公がヒロインを調教する」というモチーフは、ほとんどの作品に共通している。そしてその多くで、ヒロインは調教されていくうち「わたしはご主人様の奴隷です」と自ら口に出すまでに至る。

 それがわかつき作品の持ち味であり、他の作家と一線を画す部分なのだが、一方でいくら調教された結果とはいえ、ごく普通の少女であったヒロインが自ら「奴隷」とまで言い出す展開は、人によって非常に好みが分かれる部分でもある。また1冊の中で処女から奴隷にまで至るために、心情の変化が唐突に感じられるケースも少なくない。妙に鬼畜チックな主人公を許容できないという人もいるだろう。それさえ許容できればなにかと楽しく読めるが、駄目な人はとことん駄目、というのがわかつき作品の特徴なのである。


 このような人を選ぶ特徴は、しかし、この『My姉』ではほぼ完全に解消されている。

 実のところ『My姉』の内容自体は、既存のわかつき作品とさして変わりない。ちょっとしたきっかけで主人公が義理の姉とセックスしてしまい、体を重ね合ううちに徐々に行為が過激になっていく――というのは、もはやわかつき作品としては定番とも言える展開である。ただ、表現や展開が全体的により自然なものになっているというところに、既存の作品との違いがある。

 私の見落としがなければ、この『My姉』作中において「奴隷」という言葉は一度も登場しない。そのことが、最後までヒロインを「男に奉仕するだけ存在」としてではなく、一個の意思あるキャラクターとして成り立たせている。後半エスカレートしていく行為も、SM的というよりは、好奇心旺盛な弟の興味と、実はエッチな義姉の願望が上手く噛み合った結果として、明るく描くことに成功している。このように、ちょっと表現の過激さを抑えることで、行為の内容自体に差はなくとも「調教」色が薄れ、多くの読者が手に取りやすいものとなるのである。

 また、主人公が終盤まで義姉の男の存在を疑い、自分に自信を持ちきれていないのも重要なポイントだろう。わかつき作品では主人公が「俺の奴隷にしてやる」とばかりに調教に励むパターンが少なくないが、本作の主人公・亮太はそこまで割り切れてはいない。これもまた、「調教」色を薄めさせることにつながっており(個人的には本作の展開は、調教というより「ふたりで少しずつよりエッチなことを試していく」というようなノリに感じられた)、またそのことが、結末まで物語を「読ませる」重要な要素にもなっている。

 結果として、この『My姉』はわかつき作品の中でも1、2を争うほど「敷居の低い」作品となっているのである。

 
 気の強い同年代の女の子をメインヒロインに据えることの多いわかつきひかるだが、一方で『お姉さんはサンタクロース!』のエイミーや、『ボディガード上等。先生はボディガード!』のアリサなど、ちょっと抜けたところのある年上ヒロインも得意としている。個人的には、しばしば「いかにもテンプレ的なツンデレ」に感じられてしまう前者よりも、もっと後者のタイプを見たいと思う。多分そのほうが、ストーリーとエロが上手く融合しやすいんじゃないかとも思うので。ま、なにはともあれ今は、12月発売予定、みやま零とのコンビ第3弾となる『Myメイ(仮)』に注目したい。


 なお、本作中「子宮頚管粘液」という言葉が登場した回数は5回である。


My姉 (美少女文庫)

My姉 (美少女文庫)

  • おまけ1

 それにしても、今年のわかつきひかるの刊行ペースはすごい。『先生はボディガード!』『My妹』『お嬢様×お嬢様』『AKUMAで少女』『My姉』とすでに5冊。12月刊行予定の『Myメイ(仮)』『AKUMAで少女2』が無事刊行されれば年間7冊と、どこのうえお久光成田良悟*1か、というペースである。今後どこまでこのペースが続くのか注目したい。

  • おまけ2

 なぜか2冊あったり。

*1:どちらも過去形だが。